1. Fit To Standardとは?
定義と背景
「Fit To Standard」とは、ERPや業務システムなどの導入において、パッケージやクラウド製品が提供する“標準機能”を極力そのまま活用し、追加開発や大規模カスタマイズを最小限に抑えるアプローチを指します。かつては企業ごとの業務プロセスに合わせてシステムを作り上げる「カスタマイズ至上主義」が多くの現場で当たり前とされてきました。しかし、IT技術の進化とともに多様な業務要件を網羅したクラウドサービスや大規模なERPパッケージが世の中に充実し、従来ほど特注的な開発をしなくても事業展開やオペレーションを十分にカバーできるようになってきています。
1-2. 従来アプローチとの違い
従来型の導入アプローチでは、“要件定義→設計→開発→テスト→移行→本番稼働”というウォーターフォール型の流れの中で、ユーザ企業側の細かい要望を反映するカスタマイズが頻繁に行われてきました。しかし、その結果として「開発コストの肥大化」「プロジェクト期間の延長」「不具合対応の複雑化」などが発生し、ひいてはERPのバージョンアップやパッチ適用も難しくなるという悪循環が生まれます。Fit To Standardでは、最初に標準機能を徹底的に理解し、ユーザ企業の業務プロセスを標準機能に“フィット”させることを優先するため、大規模な追加開発を必要とせず、短期間での導入や保守性の高いシステム運用が可能になります。
2. なぜFit To Standardが重要なのか?
グローバルスタンダードへの適合
現在のビジネス環境はグローバル化が進んでいます。特に海外拠点やグローバル展開を視野に入れている企業では、世界各地で標準化された業務オペレーションとシステム基盤を構築する必要があります。Fit To Standardによって導入されるシステムは、多言語・多通貨への対応や国ごとの法規制への準拠など、多くの要件をあらかじめパッケージとして包含していることが多いです。そのため、将来の海外拠点への横展開やグローバルロールアウトが容易になります。
コスト削減と迅速な導入
カスタマイズを多用すると、その分開発コストや工数がかさみ、さらにテストや保守の難易度も上がります。Fit To Standardでは標準機能を前提とすることで、開発工数やリスクを最小限に抑えられます。また、ユーザトレーニングに関しても、業務ごとにオリジナル画面を用意すると教育コストが増大しますが、標準画面であれば従来のトレーニング教材やドキュメントを流用・活用できます。結果としてスピード感のある導入が可能になり、費用対効果も高まります。
維持管理の容易さ
導入後の保守運用においては、標準機能をそのまま利用している場合、ベンダーからのサポートやアップデートがスムーズに適用できます。カスタマイズが多いと、バージョンアップの際に独自機能との整合性を再度検証・修正せねばならず、結果的にアップデートが遅れたり、最新機能を享受できなかったりします。Fit To Standardの前提に立つことで、システムライフサイクル全体を通じてメンテナンスが容易になるという大きなメリットがあります。
3. なぜ日本企業はカスタマイズしてしまうのか?
業務プロセスへのこだわり
日本企業の中には、長い歴史の中で培われた独自の業務プロセスや、部門ごとの“お作法”が根付いているところが多く存在します。「これはウチの強みだから」とカスタマイズの必要性を主張しがちですが、実際には必ずしも競合優位の源泉になっていないケースもあります。日本企業の職人気質やサービス精神が、必要以上に細かい業務フローを組み立ててしまい、結果的にカスタマイズが増えてしまうのです。
過去資産との互換性要求
レガシーシステムや、古くから使っているサブシステムとの連携をスムーズに行うために、従来の画面項目やインターフェース仕様をそのまま新システムにも持ち込みたい、と考えてしまう場合があります。このときも、「これまで使っていた機能を100%再現しないとユーザが混乱する」「新規導入システムだけが特殊仕様に合わせるべき」という発想が生まれがちです。結果として、Fit To Standardの考え方を阻む大きな要因となります。
内製・自前主義
日本では大企業を中心に内製部隊を持つケースが少なくありません。IT部門としては、自らのスキルを活かし、現場の要望をきめ細かく実装したいとの思いも強いです。そこには「ベンダーに任せきりにすると品質が心配」という考え方もあれば、「自前でやれば融通が効く」といったメリット重視の思考もあります。しかし、それらが行き過ぎると、やはりカスタマイズを前提にした導入プロジェクトに陥りやすくなってしまうのが現実です。
4. Fit To Standardで成功するために一番大事なこと
ビジネスプロセスの再定義
Fit To Standardを実現するうえで最も重要なのは、「業務プロセスを見直す覚悟」です。標準機能に合わせるということは、必ずしも使い慣れたフローを踏襲できるわけではありません。むしろ、企業にとって「本質的な強みではない部分」を標準機能に任せることで、コアとなる部分へリソースを集中投入できるようになります。この見極めをできるかどうかが、成功への分かれ道です。
具体的には、「自社が提供する価値はどこにあるのか?」「自社だけが差別化できる業務はどこなのか?」を明確にし、それ以外の部分は標準プロセスを採用することで効率化します。組織横断的な視点でシステム導入を捉え、本当に必要な要件とそうでない要件を切り分けることが肝心です。
プロジェクトオーナーシップの明確化
Fit To Standardのプロジェクトでは、IT部門だけではなく、経営層や現場部門、そしてシステムベンダーなど、多くのステークホルダーが関わります。そのため、「プロジェクトを誰がリードし、最終判断を下すのか」を明確にしなければなりません。カスタマイズを極力減らす方向で進めようとしても、現場の声や歴史的に続いてきた業務要件などが強く主張されることは想定内です。最終的に「標準に合わせるのか、それともカスタマイズするのか」の意思決定を下すのは経営陣やプロジェクト責任者になります。
もしここが曖昧になってしまうと、要件定義フェーズで際限のない議論が繰り返され、最終的には“情実”や“根回し”によって機能追加が承認されてしまいかねません。Fit To Standardには「強い意志を持つプロジェクトリーダー」が不可欠なのです。
ユーザトレーニングへの投資
標準機能を活用していくためには、それを利用するユーザへのトレーニングを十分に行う必要があります。新しい業務プロセスや画面操作に慣れないうちは、不満や混乱が生まれやすいからです。現場からは「使いにくいからカスタマイズしたい」という声が出てくる可能性もあります。しかし、実はその多くが「慣れの問題」であり、適切なトレーニングを経て慣れてしまえば、カスタマイズは不要だった、というケースも少なくありません。Fit To Standardで成功するためには、ユーザ教育やチェンジマネジメントへの投資を惜しまず行うことが大切です。
5. ユーザ企業およびベンダーの心構え
ユーザ企業側の心構え
- トップダウンの意志決定
経営トップや役員レベルが「Fit To Standardで導入するんだ」という方針を明確に発信し、現場にもその方針を理解・納得させる必要があります。優先度の高い業務要件は何か、それ以外をどこまで標準で賄うかをトップダウンで決めることが重要です。 - 変化受容のカルチャー形成
標準機能を導入するには現場レベルでの変化への抵抗を最小限に抑える必要があります。「今までのやり方がベストではないかもしれない」という考え方を全社的に浸透させ、新システム導入を成長のチャンスと捉えられるような雰囲気づくりを推進しましょう。 - ユーザエクスペリエンスの考慮
あくまで導入後にシステムを使用するのは現場のユーザです。操作性やUI/UXがあまりにも現場業務にそぐわない場合、標準機能への“フィット”が極端に難しくなります。標準機能を使いこなせるように教育、サポート、FAQ整備などを丁寧に行い、ユーザがスムーズに移行できる仕組みづくりが大切です。
ベンダー側の心構え
- 標準機能の徹底的な理解と説明
ベンダーとしては、自社が提供するパッケージやクラウドシステムの標準機能を深く理解し、それを分かりやすくユーザ企業に提示する責任があります。「できること」「できないこと」を明確に整理し、Fit To Standardを貫くメリットを丁寧に説明しましょう。 - 業務改革コンサルティング力の強化
単なるシステム導入支援ではなく、ユーザ企業の業務改革を一緒に考える姿勢が必要です。Fit To Standardを進めるためには、標準機能に合わせてどのように業務プロセスを変えていくべきかをリードする能力が求められます。ITコンサルタントや業務コンサルタントが連携し、ユーザ企業の抵抗感を和らげるための仕組みづくりを提案していきましょう。 - 共創パートナーとしての信頼構築
ユーザ企業との間で、単なる請負ではなく“共創”の関係性を築けるかどうかが大切です。Fit To Standardには多くの意見衝突や仕様調整が伴います。それらを丁寧に調整し、「このベンダーなら安心して任せられる」「ユーザ企業の成功を本気で考えている」という信頼が醸成されると、Fit To Standardの実行がスムーズになります。
6. Fit To Standardが崩壊したときのピボット
崩壊のサイン
どれだけFit To Standardを徹底しようとしても、現場やステークホルダー間の利害や要望の強さによっては、プロジェクト途中で標準機能だけでは対応しきれないケースが顕在化してくることがあります。たとえば、法的要件や業界特有の規制に真に適合させるためには、どうしても追加開発が必要だと判明した場合などです。このような局面を早期に発見し、プロジェクトが行き詰まる前に「崩壊した」と割り切るのか、局所的なカスタマイズを認めつつ再調整するのかを判断する必要があります。
ピボットの方法
- 優先度再評価
Fit To Standardでいくと決めていても、どうしてもクリティカルな要件が発生した場合は、その要件の優先度を改めて再評価します。「プロセスを標準に合わせるコスト」と「カスタマイズしてシステムを改変するコスト」を定量・定性の両面から比較検討し、総合的に判断することが重要です。 - 局所的カスタマイズと拡張機構の活用
最近のクラウドERPやSaaSには、標準機能を拡張するためのアドオンや拡張機構(例:SAPの拡張機能、Dynamics365のPower Platformなど)が用意されている場合が多いです。標準機能を直接改変するのではなく、拡張ポイントを利用して周辺のカスタマイズを行うことで、本体への影響を最小限にとどめる方法を模索するのが望ましいでしょう。 - 段階的な導入アプローチ
大規模プロジェクトでは、すべてを一度にFit To Standardで導入しようとするのではなく、まずはコア領域(会計や購買など)から標準機能で導入し、徐々に周辺システムを拡張していくアプローチもあります。部分的にカスタマイズが必要になった場合でも、段階的導入の中で検証・改善を回しやすくなります。 - チェンジマネジメントの再構築
Fit To Standardが崩壊しかける背景には、現場の抵抗感や十分なトレーニングの不足など、チェンジマネジメントの問題があるかもしれません。一度立ち止まって、ユーザの理解度、社内の合意形成状況、経営層のコミットメントなどを再確認する機会を設けることが大切です。必要に応じてトレーニングプランや導入スケジュール、体制を見直し、再度Fit To Standardに近い形に戻せるのか、やはり限定的なカスタマイズを行うのかを慎重に決定します。
7. まとめ
Fit To Standardは、ERPや業務システム導入の世界において、近年特に注目されているコンセプトです。標準機能を活用し、企業側の業務プロセスをシステムに“合わせる”ことで、導入コスト・期間の短縮、保守運用の効率化、グローバル展開の容易化など、多くのメリットが期待できます。しかしながら日本企業においては、長年培われた独自文化や業務フロー、あるいは過去資産の踏襲などの理由で、カスタマイズを求める声が根強いのも事実です。
そのような環境の中でもFit To Standardを実現し、プロジェクトを成功へ導くためには、以下のポイントが鍵となります。
- 業務プロセスを再定義する覚悟
- 強いプロジェクトリーダーシップ
- ユーザ教育とチェンジマネジメント
- ベンダーとの共創関係
- 崩壊時のピボットシナリオ
日本企業の多くは、組織内の合意形成に時間がかかることもあり、Fit To Standardを実現するにはハードルが高いと感じるかもしれません。しかし、ビジネス環境の変化速度が格段に上がっている現代では、カスタマイズの塊となったレガシーなシステムを運用し続けるリスクはさらに大きくなっています。標準機能を活用し、可能な限り業務をシステムに合わせる発想は、IT投資の効率化とビジネスの柔軟性を両立させるうえで、今後ますます重要になっていくでしょう。
最後に、Fit To Standardを成功させるためには「諦めずに継続的に進める」ことが大切です。導入初期段階で多少のギャップや現場の抵抗があったとしても、ユーザトレーニングや運用最適化を続けることで、最終的には大幅なコスト削減や業務効率化、さらには新たなイノベーションを呼び込む土台となります。強いリーダーシップと全社的なサポート体制で取り組み続けることでこそ、Fit To Standardの恩恵をフルに享受することができるのです。
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